「聴す」は重要でも、「聴す」拘束で自己否定に陥るな!

LGBTセクシュアルマイノリティは、

人口の全体で少数派であっても、

左利きの人数に匹敵するほど身近な存在で

あって、

SOGI(性的指向・性自認)ジェンダー

について本来であればセクシュアリティを

問わず誰もが考えるべきテーマでも

あります。

 

ただ、その認識・理解は世代間、環境に

より格差があることも事実です。

 

 

中には、メディアを通じて認識してはいる

ものの、

自分の家族や友人、職場の同僚に当事者が

おられることがおかしくないことを前提に

考えておらず、

いざカミングアウトで打ち明けられたとき

にどのように受け止めていいのか

分からないというケースも

珍しくありません。

 

 

 

 

 

 

 

このような場面では、よく「傾聴」という

言葉が用いられますが、

この「聴く」という字は「聴す」と書いて

「ゆるす」と読むそうです。

 

 

「ゆるす」っていうフレーズは、

過ちを犯したことなど、自分・相手に

とって何かしらの不利益なことをしたこと

に対して寛容に受け止めるイメージが

ありますが、

そもそも「許す、赦す」のプロセスには、

「話を聴く」の前提があります。

 

 

 

 

 

 

そして、「聴く」にも「聞く」との違いが

あります。

 

「聞く」は、単に耳で聞くことをいい、

聞こうとしないでも聞こえている状態を

さすので、自分が主体です。

 

一方、「聴く」は、目と耳と心で聴き、

相手に注意を向けた姿勢なので、

相手が主体です。

 

 

「聴く」の状態によって、言いたいこと、

考えていること、関心を抱いていること、

(潜在的に抱えている)問題意識などを

引き出していくことができます

 

会話をしていくことではありません。

 

 

実際、悩みを打ち明ける時って、

自分の気持ちを分かってほしいという想い

でいっぱいで、その内容に対してあれこれ

言われたくないのが大半だったりします。

 

その人にとっての支えであれば十分です。

 

 

「聴く」は、決して自分の意見を言うわけ

ではなく、相手にとって自分の中に自覚の

ない自分の存在を知り、その問題の答えを

自分が持っているという気づきを与える

ことなので、導き出すためのサポート

です。

 

 

 

 

 

 

 

「聴す」は、別に何か悪いことをしたこと

に対するものではなく、相手のことを

受け容れる状態をいい、その状態をつくる

ために「聴く」ことになります。

 

 

とはいえ、今まで生きてきた中で潜在的に

固定観念の刷り込まれは誰にもあるので、

自分が相手のことを受け容れられていない

(聴せていない)状態をもって、

自分は傾聴のできないダメな人間だと

自己否定に陥らないよう注意が必要です。

 

 

実際に心のガス抜きをどうするかを考え、

案外時間が解決するものと割り切った方が

良い場合もあるのです。

 

 

「聴かない」・「聴さない」は、以前の

記事での触れたことがあるように、

多様性の論理矛盾!撃っていいのは撃たれる覚悟のある者だけ!

2019年9月19日

 

自分と相反するものに対してボロクソに

人格攻撃するくせに、自分側の主張に

なった途端、

「反対意見を認めない人は成長できない」

論を都合よく振りかざす、議論擬きの

マウンティング人間のように「裁く」が

目的となりかねませんが、

そこまでのレベルはそもそも人為的な

関わりを持たぬが吉といえるでしょう。

 

 

本当に悩んでいる誰かが自分が大切に

されていると思え、「聴されている」

中で本音を言えるために、

心の寄り添いとして「聴く」・「聴す」

をなし得れば十分だと、私は思います。

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